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昔好きだった人の結婚式に呼ばれた…祝うどころか泣きたい

昔好きだった人の結婚式に呼ばれた…祝うどころか泣きたい

「あの人、結婚するんだ…」

話を聞いた瞬間、一気に胸がギュッと締め付けられる感覚が湧いてきた。正式に付き合っていたわけじゃない。でも自分の中ではかなり特別な存在だった“好きだった人”。

振り向いてもらえなかった切なさや、甘酸っぱい思い出がまざまざとよみがえってきて、「おめでとう」より先に「なんでこんな気持ちになるんだ…」という戸惑いが勝ってしまう。

そして追い打ちをかけるように飛び込んできた情報――「友達として結婚式に来てほしい」と本人からの招待。ただの友達として呼ばれるのは、表向きには自然なことかもしれないけど、私の胸中は大荒れ。

「祝いたい気持ちがないわけじゃない、でも、見たくないし行きたくない、何なのこの矛盾…」という複雑すぎる感情に苛まれ、頭を抱える日々が始まる。

目次

元恋人じゃないからこそ、「そりゃ呼ぶでしょ?」な空気に苦しむ

もし一度でも正式に付き合っていたら、周囲も配慮して「さすがに呼ばないほうがいいよね」と気を使ってくれたかもしれない。でも今回は“片想い”だったパターン。周囲から見れば、私たちって「昔から仲のいい友達」くらいにしか映っていない。だからこそ、新郎新婦(になる相手)は遠慮なく「来てくれるよね?」と招待してくるのだろう。

こっちとしては、表向きは「そうだよね、ふつうに友達だもんね」と受け止めるしかない。だけど、昔の思いをまだ拭いきれない身としては「行けばもっと辛くなるんじゃないか…?」と予感してしまう。 「仲のいい友人なら当然出席して盛り上げてくれるよね!」と無邪気に期待されると、余計に断りづらい。この理不尽さ、わかるだろうか。“片想い”という立場だからこそ、当の本人や周りは無自覚に平気で誘ってくる。その無邪気さがこっちの心を余計にえぐってくるんだよね。

本音を言えないまま友達関係を続けていた人ほど、「まさかこんな形で結婚式に呼ばれるなんて…」と戸惑いが止まらない。自分だけが勝手に昔の気持ちを抱えている状態だから、周りに理解を求めることもできないし、説明しようもない。まさに踏んだり蹴ったりである。

祝う気持ちより「未練」や「やるせなさ」が勝ってしまう

「好きだった人が幸せになるのは、本来なら喜ばしいはず」――理屈ではわかっている。周りの友達も「素敵なカップルだよね」「あの子がやっと結婚するんだって!」なんてハッピーオーラを振りまいている。しかし、心の声は「なんで私じゃないの…?」と呟いてしまう。どうしてもまだ好きな気持ちが残っている、あるいは完全には吹っ切れていないってこと、あると思うんだ。

告白していたら変わっていた? の無限後悔ループ

実は、過去に「告白してたらどうなってたんだろう」「もうちょっと積極的にアプローチできてたら違ったのかな…」なんて、ひたすら後悔ループに陥ってしまうことない? 相手が結婚するとなると、「そっちはゴールインか、私はゴールすら見えないわ…」みたいな焦りや劣等感まで襲ってくる。自分でも「なんでこんなに落ち込んでるんだ?」と思うけど、感情が先に走ってしまう。頭で「相手が幸せならいいじゃん!」と唱えても、心が「でも寂しいし、むしろちょっと嫉妬さえあるし…」と叫んでくる。

「他の人と結婚するなんて見たくない!」と思ってしまう

目の前に広がる、ウェディングドレスやタキシード姿で愛を誓う二人。そこにいるのは、かつての片想い相手と、その“現実に選ばれた”お相手。

誰が祝福しても、そりゃあ幸せな雰囲気でいっぱいだろう。だけど、「なんでその相手が自分じゃないんだろう…」という虚しさが一気に押し寄せる。

他のゲストたちは大盛り上がりなのに、自分はどうやって笑顔をつくればいいの? そんなモヤモヤを抱えたまま、式が終わるまで耐えるしかない展開が想像できる。これ、精神的に相当ツラくない? 下手すると「自分は何をしに来たんだろう…」って完全にやさぐれてしまうリスクまである。

「参列している自分」へのダメージが計り知れない

正直、当日会場に足を踏み入れた瞬間から胸が重くなる人も多いんじゃないだろうか。結婚式ってやつは、式から披露宴、二次会に至るまで“幸せエピソードの連続”だ。

お色直し、ケーキ入刀、家族への手紙、友人からのスピーチ…。どれを見ても「うわ、ほんと幸せそう」「私だけ場違いな感じ」みたいな感情に押し潰されるかもしれない。

幸せムード全開の姿を見るのが地獄絵図

以前は、自分と相手の間に何か進展があるかもしれないと期待していた時期もあったはず。それが今や他の人を伴ってゴールイン。「おめでとう」と口では言うけど、「私は?」「もう完全に可能性ゼロじゃん…」なんて思考に陥ることがある。

周りが「素敵ー!」「おめでとー!」と拍手喝采しているなかで、一人違う方向を向いている自分に自己嫌悪を抱く瞬間も想像できる。泣きたくなるのをこらえながら笑顔をキープするのって、かなりの精神力を要する。実は拍手している手が震えてたりするかもしれない。

紹介や二次会で“昔から仲良い友達”アピールされる地獄

まだ式だけで終わるならいいけど、二次会や余興で「〇〇とは昔から仲良しで~」と紹介されたり、みんなの前で話すように促されたりすることだってある。しかも、その言葉自体は悪意なんか全くないから断りづらい。表向きはニコニコして「そうだねー」なんて言わなきゃいけないけど、「仲がいいって言うけど、内心まだ好きだったんだよ? どうすんのこれ?」ってもうパニック状態だ。

それでも断れない葛藤…どうすればいいの?

下手をすると、本人に「辛いから行きたくないんだよね」と正直に伝えるわけにもいかない。だって、そんなこと言ったら大騒ぎになるかもしれないし、相手を気まずい気分にさせるよね。仲のいい友人同士ならなおさら、「なんか角が立つし申し訳ないな…」と悩んでしまう。

  • 昔好きだったから行けません…なんて言えるわけがない。先方もリアクションに困るだろう
  • 大事な結婚式なのに「欠席します」でいいの? → 周囲から「え、何かあったの?」と詮索されるかも
  • むしろこれで未練を断ち切れるかもという自分への期待があるけど、本当に断ち切れるのか不安

思い切って出席するにしても、大なり小なり傷は負うだろうし、欠席すれば欠席で何か言われる可能性がある。結局は、自分の心と相談して「自分にとってどちらがマシか」を判断するしかないんだよね。

見たくないものを見る覚悟がないなら、欠席もアリ!

ここまで想像しただけで胸がギュウッと苦しくなるなら、思い切って「欠席」という選択肢を本気で検討していいと思う。人生長いんだから、そこまで無理して行って精神をすり減らす必要があるかっていう話。

特に、「これ見たら間違いなく寝込むほど凹む…」と分かっている人にとっては、自分を守る手段として欠席は全然アリだと思う。

  • 「正直その日は都合が合わなくて…」という無難な理由を挙げることもできる(実際は心の都合なんだけど)
  • どうしても断れないなら、ある程度の演技力を発揮して「ごめん、どうしても外せない用事が…」と伝える
  • その代わり、最低限のマナーとしてご祝儀やお祝いのメッセージは送っておくと角が立ちにくい

無理をして出席するよりは、「ごめんね、それでも本当におめでとう」という気持ちを形にして伝えて欠席するというのも立派な選択肢。

後から「なんで来なかったの?」とツッコまれても、「ちょうど◯◯が重なってて行けなかったんだ…」で話を終わらせればいいし、それで関係が壊れるようなら仕方ない。自分がボロボロになるよりはマシでしょう。

もしも断るのなら以下の記事を参考に断り文章を考えて欲しい。

それでも出席するなら心構えをしておこう

もし、「やっぱり自分なりに祝福してあげたい」という気持ちが勝ったり、「断りきれないし覚悟を決めるか…」となった場合は、せめて自分がダメージを最小限に抑える工夫が必要だ。

当日のサポート役を買って出る

ウェルカムボードの準備や余興を主導するなど、忙しく動き回れば意外と感傷に浸る時間が減る。

ただし、新郎新婦の“幸せそうな姿”に直面する機会が多くなるリスクもある。

信頼できる友達に事情を話しておく

100%本音を明かすのがキツいなら「ちょっと複雑な思いがあってさ…」程度に伝えておき、そばでサポートしてもらう。 会場でキツくなったら席を外すとか、外に出て深呼吸する時間を作る、といった逃げ道を確保しておく。

二次会には参加しない

式・披露宴はまだ耐えられても、二次会はカジュアルに盛り上がる分、より幸せオーラ全開になる可能性が高い。そこを回避するだけでもダメージコントロールになる。

自分の心を守るのが最優先! “昔好きだった人”の結婚式は地獄絵図になり得る

結局のところ、“片想い相手の結婚式は危険度MAX”というのが正直な感想だ。普通に友達として参加するだけで済むならいいけれど、未練ややるせなさを抱えた状態だと、式当日のあらゆるイベントが凶器に変貌する恐れがある。

「祝いたい」気持ちがあるならそれも尊重すべきだし、「想像しただけで耐えられない!」なら逃げたっていい。どんな判断をしても、心が傷つかない方法は存在しないかもしれないけど、自分が後悔しない道を選ぶことが何より大事。

  • 出席した後でボロボロになるかもしれない。
  • でも、それでキレイサッパリ未練が断ち切れる可能性もある。
  • 欠席して距離を置くのも、自分が壊れずに済む方法。あとで多少罪悪感があっても、心の平穏を保つためには仕方ない。

誰かに「こうしなよ」と言われてどうにかなるものでもないし、最終的には「自分の心を守るにはどうするのがベストか?」という問いに尽きる。

周囲がどう言おうと、あなた自身が納得できる答えを出すことが大切だ。

本当に辛いなら欠席でいいし、行くならそれもまた一つの決着

昔好きだった人が結婚する――それだけでも切ないのに、さらに式へ招待されるとなると、そりゃあ複雑な感情が渦巻く。「行きたくねぇ!」と叫びたくなるのは自然なことだ。でも、意外と周りには同じような経験をしている人もいる。あなただけが特別におかしいわけじゃない。

「心からおめでとうと言える状態じゃないかもしれない。でも呼ばれて断るのも申し訳ない…」「昔好きだったことをバラせないし、何かいい方法ないかな…」と悩む気持ちは痛いほどわかる。ただ、無理して行って自分が傷つくくらいなら、きちんとお祝いの言葉を伝えて欠席を選んでもいいし、逆に「これを機に未練を断ち切るぞ!」と覚悟を決めて出席するのもアリ。

いずれにしても、あなたの人生はあなたのもの。結婚式は新郎新婦にとっての大事な日だけれど、そのせいで自分の心が限界まで追い詰められるのは本末転倒だ。行くにしても行かないにしても、後悔しすぎないように自分を守る選択をしてほしい。誰もあなたの心をボロボロにする権利なんて持ってないんだから。

もし出席してしまったら、当日はキツイ時間を過ごすかもしれない。ウェディングドレス姿を目に焼きつけながら「おめでとう」と言わなきゃいけない苦しさは、想像を絶するかも。だけど、その先で何かが吹っ切れるかもしれないし、新たな一歩を踏み出すきっかけになるかも。 逆に欠席を選んで距離を置くのも、十分に尊い自己防衛だ。無理して悲しい思いをするくらいなら、今は逃げていい場面だってある。あなたが「これでいい」と思えるなら、それがベストな答えなんだろう。

結局、“昔好きだった人”の結婚式なんて「行けば地獄、行かなきゃ後でモヤモヤ」みたいな構図になりがち。でも、どちらにせよ、あなたの感情は大切にしてほしい。自分を押し殺してまで“良い友人”を演じる必要なんてないし、祝いたい気持ちが勝つなら泣きながらでも出席すればいい。

最終的には、あなたが「こうしてよかった」と思える道を選ぶこと。その選択がつらくても、きっといつかは「あれでよかったんだ」と思えるはずだ。心がえぐられる痛みを乗り越えてでも祝いたいのか、あるいはそこまで自分を追い込めないのか――どちらを選んでも、あなたはわがままじゃないし、ちゃんと自分の気持ちに正直なだけ。だから、深呼吸して、もう一度自分の心と向き合ってみよう。無理しないで、あなたの幸せを最優先にしていいんだよ。

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